様々な理由で口から食べることが出来ず、『胃ろう』の管から胃に直接栄養を得て生きる。
高齢者医療の世界では、こうした状況を頻繁に目にします。
見慣れない方々の目には信じられない光景に映るかも知れません。
ただ、実は「胃ろう」自体は非常に優秀な栄養補給方法です。
対比されることの多い栄養法に『鼻腔栄養』がありますが、これは、チューブを鼻から胃袋まで通して、そこから栄養物を送る方法。
そう、「鼻腔栄養」に比べれば、「胃ろう」はノドの違和感もないし、ご本人の苦痛も殆どない、介護する側の管理も比較的楽・・画期的な栄養方法と言ってもいいと思います。
実際、「胃ろう」をしながら生き生きと仕事をされている方もおられるのです。
でも逆に「寝たきり」であまり生き生きしていない、それでも栄養は胃に送られて生きている、という方も多数おられます。
そこは、非常に判断の難しいところ・・・。
■胃ろうのイメージ
■ 胃ろうの実際
今回は、そんな『胃ろう』のデータを見ていこうと思います。
厚労省のHPに、NDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)という国のデータが公表されていまして、
そこの『K 手術』に、「平成26年度版・都道府県別の『胃瘻造設術』の件数」というデータが載っています。
更に『胃瘻抜去術・胃瘻閉鎖術』という項目もあります。
「第一回NDBオープンデータ」http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139390.html
いろいろなデータ上の制約(後述 *1)があって、なかなか、これが真実だ!という結論にはたどり着きませんが、『参考にはなるかな?』という程度で見てください。
先述の通り、「胃ろう」は非常に優れた栄養方法で、しかも管理がしやすい方法です。
それだけに、一度「胃ろう」を入れたら、抜去する機会がなかなかないのが現状です。
どんなに寝たきりで意識がない状況になっても、延々と栄養が入り続ける、という状況も、高齢者医療・介護の世界では多く目にします。
しかし、実は我々医師は『胃ろう』を作る手術の説明の時、『また食べられるようになったら胃ろうは抜けることもありますよ』と説明することも多いです。そして、そういう方が実際におられることも事実です。
では、胃ろうを「抜去・閉鎖」できる確率がどれくらいなのでしょうか?
データを見てみましょう。
NDBデータによりますと、『胃瘻造設術』は平成26年の1年間に日本全国の医療機関から、64358件の診療報酬の請求があったとのこと。
一方、『胃瘻抜去術・胃瘻閉鎖術』は2438件でした。
グラフにするとこんな感じ。
簡単に言うと、胃瘻を作る人が30人いたら、そのうち1人は抜去・閉鎖出来る、ということでしょうか。
『胃ろう』を作ったあとそれを抜去・閉鎖出来る確率は、決してゼロではありませんが、かなり低いようです。
(大半を占める『抜去・閉鎖術』が行われない方々の『胃ろう』がどうなるのかというと、おそらく死後に抜かれるのでしょう。事実、私も生前の『胃瘻抜去術』はなかなか経験しませんが、死後の「胃瘻抜去」は数え切れないほど経験しています。)
それでは、その『胃ろう』で生きておられる高齢者の方々の数。
各都道府県で、地域差はあるのでしょうか。
実はこの実数を出すことはとても困難です。(その理由は、細かくなるので後述 *2)
ですが、その傾向を知ることはできそうです。
全国データを見ると、日本全国で行われた胃瘻造設術の
約9割(64358件中57103件)が高齢者に対して行われております。
ということで、平成26年の1年間に各都道府県の医療機関から診療報酬請求された『胃瘻造設術』の件数を、65歳以上高齢者人口で割ってみます。
(本当はこれもちょっと乱暴なのですが、その理由も後述します *3)。
すると、出てくるのがこのグラフ。
高齢人口あたりの『胃瘻造設術』件数の日本一(推定)は、あの長寿で有名な沖縄県でした。
全国平均に対しておよそ2倍の手術件数(推定)です。
2位は鳥取県、3位は大分県ですね。
逆に、埼玉・静岡・滋賀県は全国平均より3割低い、全国トップの少なさです。
(この3県は『人口あたり病床数』が比較的少ない県です。)
また、県によって3倍弱の開きがあるということもわかります。
もちろん、『胃ろう』が多い県でも、みんなが胃ろうしながら生き生きしているならそれは喜ばしいことですし、逆に『胃ろう』が少ない県で『鼻腔栄養』が多いのならそれはそれで疑問です。
とても優秀な道具である『胃ろう』。
便利な道具はときに凶器にもなります。
人々の生活や幸福は『数字』ではなかなか分かりません。
あなたの「幸福」はあなたにしか分かりません。
我々の「幸福」のために、我々は「優秀な道具」をどう使えばいいのか。
医師におまかせするのでなく、誰かにおまかせするのでなく、ご両親の将来のため、自分の将来のため、実際に現場の高齢者の方々の生活を見て、肌で感じて、みんなで考えて、みんなで悩む・・。
そんなことから始めてみませんか?
*1 そもそも平成26年のNDBデータには(法律上の問題により)生活保護下で医療を受けている方々のデータが反映されていません。今回のテーマである『胃ろう』を受けられる方々の中にも生活保護受給の方々も多く居られますので、NDBデータが本当に日本の『胃ろう』医療の姿を表現しているかは疑問が残るところなのです。そういう意味で、『参考値』ということになります。ただ、法改正により今後は生活保護分も公開される可能性はあるようです。今後に期待したいところです。
*2 今回分析しているデータは医師の医療行為としての『胃瘻造設術』の件数です。いわば、『胃ろう』の始まりの数。その翌日にお亡くなりになる方もいれば、そのまま10年胃ろうをして生活される方もいます。つまり、その開始の数(=胃瘻造設術件数)が、「胃ろうしながら生活されている方全体の人数」を表しているわけではないということです。しかも、「胃ろうしながら生活されている方」は医療機関だけでなく、介護施設やご自宅におられることもあり、なかなか実数を把握するのが難しいところです。
*3 『高齢人口あたりの胃瘻造設術件数』を算定するのであれば、本来『高齢者に行われた胃瘻造設術の総数』を『高齢人口』で割るべきです。しかし、発表されている『都道府県別の胃瘻造設術件数』は、年齢の区分がなく、都道府県内すべての赤ちゃんから高齢者までに行われた手術件数です。今回はデータが無いので便宜的にこの全年齢の手術件数を高齢人口で割っています。ですので、このやり方は基本的に間違っています。ただし、上述のように、全国データを見ると、日本全国で行われた胃瘻造設術の約9割(64358件中57103件)が高齢者に対して行われており、こうした状況を考慮すれば、今回のデータも『参考値』としての限定的な意味合いはあっていのではないかと思っております。