

2019/09/04
こんにちは、森田です。
安倍総理は医療を「成長産業」と位置づけて、経済・景気対策の主要な柱の一つと考えているようですね。
たしかに、過去の業種別の雇用実績をみても、他業種の雇用が全て伸び悩んでいる一方で、「医療・介護」の雇用だけが顕著に伸びていることがわかります。

平成29年版 労働経済の分析 付3-(1)-2図 産業別雇用者数の動向
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/17/backdata/fu3-1-02.html
でも、僕は「医療・介護に雇用・景気の経済効果を期待にしてはいけない」、少なくとも今の日本はそうすべきだない、と考えています。
医療介護は【経済対策の禁断の果実】とすら思っています。
今回は簡単にその理由を説明したいと思います。
先進医療は諸刃の剣?
こんなことを言っていると、
■「日本の医療は質が高い。高レベルの医療を求めている外国人を日本に呼びこむのがなぜ悪いのか?」(=外需の話)
■「日本はこれから高齢者が増えるのだから、医療・介護の需要は増える。供給も増やすべき!」(=内需の話)
という反論が当然予想されます。
実は僕も「外需の話」には、ある意味共感できるところがあります。
まあ、現在のところ言葉の壁の問題もあり、、これらの「外需」の受け入れ体制は脆弱と言わざるを得ませんが、でも今後は、受け入れ体制が盤石になって「さあ、日本で治療を受けたい方はどんどん日本に来て下さい!」ということになるかもしれません。
「お客様は神様です」の文化が国民に根づいている日本では、病院スタッフの対応も世界トップレベルですし、もちろん治療のレベルも高いでしょう。中国やアジア諸国で受けられない治療が日本では受けられるのであれば、それらの国々の富裕層を日本の呼び込め、経済効果が期待できるかもしれません。
でも、仮に「外国人への医療提供」が成長産業として国家財政に影響を与えるほどの大規模に成長することになったことを想定してみて下さい。
その世界での治療対象は誰になるか?それは、渡航費・滞在費・治療費などの支払い能力がある「海外の富裕層」に限定されるでしょう。
「金持ちだけを治療する国、日本」
まるで、「金持ちだけが永遠に生きられる機械の体」を得られる銀河鉄道999の世界ですね。
もしかしたらこの世界では「外需」と言う意味で大きな経済効果が得られるかもしれません(実現可能性は知りませんが)、ただ、金持ちだけに機械の体を売る日本が世界からどう見られるのか、についてはよく考える必要があるかもしれません。
そもそも、医療の世界は「これが絶対」というものがあまりない不完全な世界です。
多くの方は、「医療はお金と等価交換で手に入る」とお思いかもしれませんが、それは殆どのケースで当てはまりません。命には必ず限りがあるのです。
実は医療は、「医療側と患者側の双方が協力して成立する『共同プロジェクト型』の取引」なのです。
その意味では、言葉の通じない異国での医療トラブルは、想像以上に他国の人々の心を傷つけるかもしれません。
『医療の世界の多くは「納得」で構成される』、と言われるのは、こうした「医療の不完全性」ゆえのことです。
その土地の文化や経済状況などの中で、土とホコリにまみれながら、市民と対話を重ねて「納得」を醸成していくことの方が、世界では求められているのかな?とも思います。
医療・介護の「刑務所ビズネス」化
では、
■「日本はこれから高齢者が増えるのだから、医療・介護の需要は増える。供給も増やすべき!」(=内需の話)
の方はどうなのでしょうか。
実は、「日本の病床は不足している。もっと増やすべき」と言う意見は、国際的に見れば完全に的はずれな意見なのです。
というのも、現時点で日本は
「ダントツ世界一の病床数(人口あたり)を保有している」
からです。

(2015 OECD staticsより)https://data.oecd.org/healtheqt/hospital-beds.htm
アメリカ・イギリスなど先進国の4〜5倍も病床を持っているんですね。
これで「病床が足りない!」なんて、とても言えないでしょう。
とはいえ、これからは高齢者が増えるわけです。
来たるべき超高齢化社会に備えて、病床は増やすべき!
と言うご意見は一見まっとうに聞こえます。
でも、同じように海外に目をけてみるとまた違った世界が見えてきます。
というのも、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツなど先進各国どの国も高齢者が急増していますが、殆どの国が「高齢者が増えているのに病床を減らしている」んですね。もちろん、「日本以外」は。
それがよく分かるのがこのバブルチャート。
世界各国がどんどん左に(病床減に)向かっているのに、日本だけどんどん右に(病床増に)向かっています。
しかも、そのガラパゴス状態の日本の中でも、県別で地域差が大きい。
人口あたりの病床数で言うと、高知県・鹿児島県は、同じような地方県の岐阜県・滋賀県の2〜3倍の病床を持っていて、しかも県民一人あたりの医療費も2倍くらい使っているという。。。

出展:財政制度等審議会 財政制度分科会 議事要旨等 平成30年10月30日 資料2
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia301030/02.pdf
さあ、なぜ日本にはこんなに病床が多いのでしょう?
しかもその日本の中でもなぜこんなに病床の多い県があるのでしょう?
そのヒントはこの記事に書いたのですが、、
記事を要約するとこんな感じです。
■実は殆どの先進国(特にヨーロッパや北欧)では、医療・介護といえば「公的」な機関がほとんど。
■それは医療や介護の世界を民間の自由市場・自由競争にまかせてしまうと、需要が喚起されすぎて患者が増え、その割に国民の幸福感は向上しないことがわかっているから。
■一方で日本の医療・介護の殆どが「民営」で、その提供は民間の自由市場・自由競争に任されている。その結果、銀行や経営コンサルタントは「集患」という言葉で、各病院に患者を増やすこと、満床を目指すことを厳しく求める。
↓↓
患者が増えるばかりで、国際比較でも例を見ない「医療過剰国」になっている。
これが「合成の誤謬」とか「市場の失敗」というやつですね。
え?病人ってそんなに増やせるの?
って思いますよね。
もちろん緊急手術や大手術が必要な本当の病人は増やせません。
でも、慢性期医療・高齢者医療は別。
実は、急性期医療や医療ツーリズムなどの表向きの見栄えのいい世界の裏で、圧倒的なボリュームで展開されているのが、「慢性期医療/介護」の世界なのです。
なぜ慢性期医療・高齢者医療の世界では患者を増やせるのか?
それは「弱者に対しては社会的排除が容易だから」です。
その弱者とは、日常生活に支障をきたすようになった高齢者や、行き場のない障害者のことです。
そして、その受け皿が、患者が多いほど儲かる仕組みの、そしてどんな患者でも受け入れる「社会的寛容」の代表である「病院・施設」なのです。
…もちろん、海外と比較して遥かに多い医療/介護提供の中で、国民が幸せになっているのならまだいいのですが(医療費のことは目をつぶりまして)、日々、病院・施設の現場で診療しているとそうでもない現実を毎日のように目にします。



人口あたりの病床数がこんなに多い背景の裏には、こうした業界独自の事情があるのですね。
…さあ、もうのんきに
「医療は成長産業で、国の経済の推進力だ!」
とか
「地域の雇用を維持・拡大するためには医療・介護だのみだ!」
なんて言っていたのが大昔のように感じますね。
素人の患者さん相手に簡単に作り出せる「医療需要」を喚起して「雇用・景気対策」とする…。これ、短期的には確かに経済効果は上がるかもしれないですけど、長続きはしないでしょうし、そもそも国民の幸福にはほとんど貢献しません・・・。なので、ある意味「麻薬」のような、「禁断の果実」のようなものなのですね。
冷静に考えてみましょう。
国民が医療に求めているのは何なのでしょうか?
景気対策?雇用対策?経済効果?
いや違います。国民が医療に本当に求めているのは、
本当にその人に必要な、過剰でも不足でもない適切な量の医療
なのではないでしょうか?
(日本はもう「禁断の果実」を食べてしまっていて、手遅れかもですが…)
でも・・この僕の考え方、
今の世の中ではちょっと突飛かもしれませんね(^_^;)
皆さんはどう思われるでしょうか。