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そもそも『公立病院の赤字』は本当に悪なのか?〜医療費について真剣に考える〜

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そもそも『公立病院の赤字』は本当に悪なのか?〜日本の医療費について真剣に考える〜

森田 洋之

 

 

 

こんにちは森田です。

 

近頃はオプジーボとかキムリアとか百万〜千万単位の薬剤の話で持ちきりの医学界ですが、、

 

そんななか今回は国の医療費について考えてみようと思います。

 

 

そういえば、こんな記事もありました。

 

 

 「経営崩壊病院ランキング!年間60億円赤字の病院も…損失補填は税金から!」(女性自身)

 

 

 

「経営崩壊病院ランキング 年間60億円赤字の病院も。損失補填は地域住民の税金から」!!

 

 かなりショッキングなタイトルの記事ですね。

 

 

「国民の税金を無駄遣いするな!」

 

 

というご意見が出てくるのも、もっともだと思います。

 

しかし、本当に公立病院の赤字は、それ自体が問題なのでしょうか。今回は、ちょっと別の視点からこの問題を考えてみます。

 

 

*ちなみに、この記事の元データはこちらに掲載されています。

 

平成27年度 自治体病院「純医業収支」ランキング - 病院情報局

http://hospia.jp/wp/archives/275 

↑↑病院情報局さんは、厚労省・総務省などが発表する病床数や手術件数などいろいろなデータを見える化してくれるとても便利なサイトです。いつもお世話になっていますm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

■鹿児島は税金から公立病院へ50億円拠出している

 

 

 

 たとえば、上記病院情報局さんのサイトで僕が住んでいる「鹿児島県」を絞り込み検索してみるとこうなります。

 

 

 

 この表の『他会計繰入金』の欄をすべて合計すると52億円。これは県立・市立病院などの公立病院に(主に税金から)支払われている繰入金の額という意味です。52億円、やはり大きいですね。

 

■本当の拠出金は1700億円?

 

 

  

 ただ、そもそもが医療の世界の原資は殆どが保険料・税金など『みんなで出しあったお金』いわゆる公的資金です。黒字の病院は、ある意味『公的資金を上手に引っ張る(診療報酬を上手に取る)のが上手な病院』とも言えるでしょう。事実、多くの民間病院は赤字を出さずにうまく経営しています。(赤字出したら倒産ですもんね。)そしてその結果、県全体としての医療費は増えていきます。このグラフを見るとそれがよくわかります。

 

 

 

 出展:財政制度等審議会 財政制度分科会 議事要旨等 平成30年10月30日 資料2

https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia301030/02.pdf

 

 

 

 

 

これは、県民1人が1年間で使う入院医療費と、各県の病床数との相関関係を表したグラフです。

 

このグラフで、同じような非大都市県である「岐阜県」と「鹿児島県」を比較してみましょう。

 

 

 (上記のグラフは入院医療費となっていますが、医療費全体でもだいたい同じ傾向です。)

 

 

 

 

県民一人あたりの年間の入院医療費は岐阜県民が約21万円、鹿児島県民は約32万円!1人あたり10万円も多いのです 。

 

これを仮に鹿児島県民170万人が1人あたり10万円多く使っていると考えると、10万✕170万人=1700億円となります。

 

こう考えると、公立病院の52億円の赤字が、とても些細な問題にも見えてしまいますね。

 

全体で見れば、県全体で1700億円もの医療費が多く費やされているかもしれないのですから。

 

ちなみに、上の表の鹿児島県の公立病院の病床数を全部足しても約2500床。民間病院もあわせた鹿児島県全体ではその10倍で約25000の床。公立病院は全体の1割で残りの9割は民間病院なのですね。

 

上の病床数と医療費のグラフを見て分かる通り『鹿児島県は全国で2番めに人口あたり病床数の多い県』なのですが、その9割は民間病院なのです。そして病院が多ければ多いほど医療費は増えていく。

 

なお、公立病院は、その全体の1割しかない病床で、数多くの不採算部門(小児科、産科、救急医療、へき地医療など)を担ってくれています。そう考えると、52億円の赤字が…どんどん小さく見えてきます。

 

ちなみに、実は医療費を多く使ったからと言って県民の健康度(健康寿命や平均寿命)にはあまり相関関係なく、事実、病床の少ない長野県民の健康寿命・平均寿命は男女とも日本のトップレベルです。

 

 

 とはいえ、ここからが最も大事なのですが、僕は、「だから悪いのは民間病院だ、公立病院の赤字はこのままでいい!」と言いたいわけでもありません。民間病院でも救急や産科、僻地医療をすべてやられている病院もありますし、公立病院の中にもそれらはおざなりで単に行き場のない高齢者の収容先で殆ど治療をしていない病院もあります。

つまり、公立病院だからいいとか悪いとか、民間病院だからいいとか悪いとか、そういう話ではなく、真に国民の幸福に貢献している医療であれば…真に『成果』を出している病院であれば、どんなに赤字でも僕は国が支援すべきだと思うし、もしそうでないなら、どんなに経営が良くてもそこに価値はない、と思うのです。

 

 翻って、現場の医療はどうなのか?

 

◯病院側は病床を埋めるために患者や地域全体を囲い込んでいないか?

 

 高齢者や障害者は社会的弱者として容易に病院・施設に収容されてしまいます。病院側はそれを良しとして安易に受け入れてしまってはいないでしょうか?そこに収益確保の皮算用はないでしょうか?多くの患者さんは「家に帰りたい」と願っているのに。

 

 

 

◯診療報酬を確保するために、医療の成果とは無関係に検査や入院を奨励してはいないか?

 

 日本ではほとんどの入院も検査も医師一人の判断で可能です。だからといって、医療の成果とは無関係にルーチンで検査や入院を入れていないでしょうか。患者さんが何も言わないのをいい事に行われているこのような行為は、「念の為3ヶ月おきにCT取っておこう」「施設の高齢者は1年に1回検査入院を」というの名のもとに、DPCで包括報酬になっていない慢性期病院などを中心に広く行われています。これは医師の間でもあまり問題視されませんが、こうして多くの医療費が病院の収入確保のために使われているのは大きな問題でしょう。

 

 いえ、慢性期病院だけではありません。かつて急性期病院で当直勤務をしていたとき病院側から「一件入院を入れたら○○○円のボーナスを出します」と言われたこともありました。もちろんそんなことで医師として入院の決定が揺らぐことはない(と願いたい)のですが……
とはいえ、実はそもそも入院の可否や検査の必要性の判断って、医師によって、さらには地域的な医師の文化によって大きく違うものなのです。

 

僕も北海道・九州・東北・関東と様々な病院で勤務したことがりますので、その地域差を痛感するのですが、本当に地域によって医師の文化が違います。

 

その違いは、このグラフを見るとよく分かります。

 

 

県別の胃瘻造設術の違い(年齢調整済み)

 

 

 

県別のMRI撮影数の違い(年齢調整済み)

 

 

 このあたりの地域差や医師の文化(市民の意識?)の差というのは、多くの医師が無自覚なのではないかと思います。多くの医師は「自分は標準的な医療をしている」と思っているでしょう。ですが、そもそも医師の判断や市民の意識にはこれだけの地域差があるのですから、もう何が標準なのかわからない、というのが本当だと思います。

その中で入院も検査も医師の判断ひとつなわけですね。そこに収益重視の経営側の視点がこっそり入ってくる…と。

 

 

 もちろん、病院経営側としては、

 

「収入を確保しないと病院経営を維持できない」

 

という切実な使命があります。

 

ですのでこれはもう各病院・各医師・各経営陣など現場の問題というよりはむしろ、「医療の提供は医師・病院にまかせとけば安心」という前提に立っている日本の医療システム全体の問題だと言ってもいいでしょう。

  

 

ま、医療の提供を市場的条件のもとで自由に任せるとこうなるわけです。これは『医療市場の失敗』と言われています。

 

 

 医療の提供現場がこの状態で「赤字だからだめ」「黒字だからOK」なんてのんきなことを言っていて大丈夫なのでしょうか?

 


僕は思います。評価すべきは収益や赤字などの経済的指標ではなく、その医療が介入したことによる「成果」なのではないかな?と。

 

 

 経営管理(マネジメント)の神様・ドラッカーはこう言っています。

 

『公的機関に欠けているのは“成果”である』 と。

 

 


とはいえ、医療の成果って何?と考えると難しいですね。

手術件数?入院件数?収益額?上記のことを考えるとどれも違うように思えます。


そう。医療の成果は患者さんの「笑顔」や「満足度」など決して数字や指標に現れないものであることが多い…。

 

 

そういう意味でも、ここはより一層医師の「職業的倫理」が問われるところでしょう。

 

 

ま、そもそも論で言うと、「医療」 って『国民の命と安全を守る』という言う意味では、「警察」や「消防」と同じ立ち位置です。

 

 

「警察」が赤字で問題だ!という国民はいないでしょう。

 

 

 

事実、英仏独など多くの先進国では、「医療」は公的存在です。

病院・病床は日本ほど多くありませんが、病院は心筋梗塞でも脳梗塞でも交通外傷でも救急は全て受け入れるし、そのために必ず病床の何割かの空床を確保しているとのことです。

病床は世界一あるけど、経営にためどこも満床で受け入れてくれない(よく言う救急車のたらい回し)事例が発生する日本とはだいぶ違います。

 

そもそも、医療機関の原資は殆どが健康保険・税金などの公的資金(みんなで出しったお金)なんですから、医療とはそもそも公的存在であるべきなのです。また、経済的理由を別にしても、そもそも医療機関は公立だろうが民間だろうが、基本的には「職業的倫理にも続く公的な存在」であるべきだと、僕は思います。

 

  

あるヨーロッパの方が日本に来て、

 

「日本にはなぜこんなに病院の看板があるのか?病院は患者を減らそうとは思わないのか?」

 

 と言っていました。

 

 

 

 

もう一度いいます。

 

 

『公的機関に欠けているのは“成果”である』 

 

 

 

 

そう、この「公立病院の赤字!」という話は、「自治体病院はダメだ!」と悪者探しで終わりにしてしまうにはもったいない話なのです。「そもそも医療って何なの?」「我々はどんな成果を出すべきなの?」という根源的な問いにまで思いを馳せるべき問題じゃないかと思います。

 

 

 国の税収が50兆円、一方で国民が使う医療費42兆円の日本。しかも国の借金は雪だるま式に増えている。客観的に見て「持続可能な社会保障制度」には思えません。これまでの路線の延長ではなく、一旦「ゼロ」から考えてみたいですね。

 

 

  

 


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コメント: 1
  • #1

    林 悟 (土曜日, 12 10月 2019 22:27)

    ちょっと古い話ですが、私もあま市民病院に感心を持ったのが平成27年のこの記事(女性自身)からです。あま市民病院は「純医業収支率」がー101.3%で、これは大変で全国で一番悪いと思っていましたが、詳細を見ると上には上が有るものだな!と思いました。
    あま市民病院は出来て9年になりますが、今年から「地域医療協会」が民間委託で運営をしています、決して良くはなっておりません、マイナス部分はあま市が負担するそうです。
    あま市民病院は、あま市と同時に出来ました。それ以前は「公立尾陽病院」として旧3町と大治町で運営をしてきました、「公立尾陽病院」の近くに「あま市民病院」が病床数180床と随分大きくなって開設しましたが大治町は入りませんでした。
    こんな大きな病院を作らず、診療所として作れば問題なかったと思われます。
    医療改革には政治は絶対必要と思います、年寄の1~2割負担は辞めたほうがいいと思います、月の高額療養費で対策は十分と思います。