

森田 洋之
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こんにちは森田です。
今回の選挙で、れいわ新選組の重度障害で寝たきりのお二人が当選しましたね。
本当におめでとうございます。
ちなみに僕は「れいわ新選組」の熱烈な支持者というわけではないですし、山本太郎さんが言っている「消費税廃止」には基本的には反対なのですが、今回はそういう政策的な議論ではなく、表題のとおり
寝たきりの人が国会議員に…だから何なの?…とほんの少し思っているあなたに伝えたいとても大切な日本の現状
というテーマでお伝えしたいと思います。
これ、とても重要なテーマです。
というのも、もしあなたがそう思っているのなら、その背景にはおそらく
「重度障害の人とか身近にいないし、あまり良くわからない…」
という思いがあるのではないかと思います。
この「あまり良くわからない…」というあなたの気持ち。
その裏に、「自分たちは安全圏で、あの人達は別枠の人」と言う意識はありませんか?
おそらく「あまり良くわからない…」と思われる方々は少なくとも、「自分が近い将来重度障害者になる」とは想定していないでしょうし、また「自分が近い将来寝たきりになる」とも想定していないでしょう。つまり、彼らは「重度障害者」も「寝たきりの人」も『自分たちとは別枠の人』と壁を作って「自分とは違う世界の人たち」とラベリングしているわけですね。
この「自分たちは別枠の安全圏」という意識、「当事者意識の欠如」と言う病理は、すでに社会を大きく侵食しつつあります。昨今の報道でもこれが、徐々に押し寄せる津波のようにジワジワと社会に押し寄せていることがわかります。
LGBTは自分たちの社会とは別枠の人、子供を産まない・生産性がないから◯◯
重度障害者は自分たちの社会とは別枠の人で、生きてても意味がないから◯◯
いじめられてる子供は普通の子とは別枠で、いじめられる側にも責任あるから◯◯
こうした報道は数えればきりがありません。
このような論調の背景には共通して「彼らは自分たちとは別枠の人たち」というラベリングによる「排除」と、ラベリングされた人たちに対しては◯◯してもよい、と言った「非寛容」の精神が、おそらく言ってる本人たちには無自覚のうちに(ある意味正義を主張しているかのごとく)展開されているのです。(多くの戦争はここから始まるのだと思います)
また、想像していただければ分かると思いますが、こうした「自分は安全圏だけど彼らは別枠の人」というラベリングの進展は、地域社会における心の壁を高くして、社会を徐々に分断化・孤立化させていきます。
こうした「社会の分断化・孤立化」の静かな潮流は、地域社会の中で現実としてかなり広まってきており、特に高齢者医療・介護の世界において深刻な影を落としています。
しかも悲しいことに、その潮流はどんな患者でも受け入れる「社会的寛容」の代表である「病院」を利用して広まってしまっているのです。
それがよく分かるのがこのグラフ。
都道府県別病床数と医療費

出展:財政制度等審議会 財政制度分科会 議事要旨等 平成30年10月30日 資料2
これを見ると、県民一人あたりの入院医療費が多い県と少ない県では1.8倍の差があることがわかります。高知県民一人が一年に使う入院医療費は静岡県民一人が使う入院医療費の1.8倍ということです。しかもそれは病床数の多寡に相関している。
え?高知県民ってそんなに病気になるの?……いやいや、そんなわけありませんよね。
手術や救急医療、ICU(集中治療室)医療など本当に高度な治療が必要ないわゆる「急性期疾患」の有病率に各県でそんなに差があるわけがありません。おそらくこの差の多くの部分は高齢者・精神/身体障害者などに対する「慢性期医療」の差でしょう。
なぜ慢性期医療なら差がつくのか…。
それは長期に医療が必要な弱者に対しては「社会的排除」が容易だからです。そして「社会的寛容」の精神で運営されている(そして患者が多ければ多いほどお金が儲かる)病院は、その受け入れを拒まないからです。
そしてその弱者とは、あなたが「自分は安全圏だけど彼らは別枠の人」とラベリングした人たちのことです。
弱者認定のラベルにはいろいろあります。
高齢者・身体障害者・精神障害者、さらに最近は認知症の高齢者…
これらの人々をラベリングして別枠にしておくと…
社会から排除して山奥の施設に閉じ込めておくと…
医療・介護が限度いっぱいに提供されていくのです。
しかもこの「社会的排除」はあなた達が「別枠」と考えているがゆえに、僕たちの見えないところで進行します。
その画像がこちら。
社会的排除の現実


こちらは比較的元気な頃から入所する介護施設。

こうした現状には、「弱者の方からは自己主張をしにくい」と言う背景も影響しているでしょう。
こうした「社会的排除」は、あなたが
「重度障害の人とか身近にいないし、あまり良くわからない…」
と他人事のように思っているのをいいことに、病院や山奥の施設など目に見えないところで病床数・施設枠いっぱいまで行われるわけですね。
というわけで、前掲のグラフにおける各県の差が生まれるのでしょう。
(再掲)

え…?高知県民って、一人あたりの病床数も医療費も全国トップなの?何やってんの?
って、今、高知県民を「別枠」で考えませんでした?
自分たちは「安全圏」にいるつもりで!
いやいや日本人全員、安全圏じゃありませんよ。
なぜなら、
日本の人口当たり病床数は、世界でもダントツ1位、医療費だってトップクラスなのですから。
実は、日本で一番病床が少ない神奈川県・埼玉県でも、アメリカ・イギリス等主要先進国の2〜3倍の病床数を持っているのです。
それが分かるのがこのバブルチャート。
バブルチャート
OECD諸国のデータをもとに作成したバブルチャート。
出展:https://data.oecd.org/healtheqt/hospital-beds.htm
https://data.oecd.org/healthres/health-spending.htm
https://app.flourish.studio/visualisation/285710/edit
作成:著者
この世界一の病床数の日本で、全国どの病床もすべからく自由競争の名のもとで「満床」を目指して運営されていて、その要員としてあなた達が「別枠」にラベリングした人がカウントされていくわけです。
果たしてそれで、国民みんなが健康で幸せな社会が実現するのでしょうか?
こんな状況を理解すると、「医療費で国の財政がもたない」なんて言う言説が滑稽に思えてきますね。
だって、医療費とは名ばかりで、その結構大きな部分が「社会的排除」の費用に使われているのですから。
もちろん、外科手術や救急医療などの急性期医療は「命を救う本当の医療」ですので、相応のコストが払われるべきだと思いますし、今回の話とは別の話です。
いや、これはコストの問題ではありません。社会全体が、障害があっても病気が会っても「共生」できる社会になることは、全ての国民にとっての恩恵になるはずです。
なぜなら、誰だって事故で障害を得ることはあり得る、高齢になって病気になることはあり得る、その時、社会から「いなくていいよ」と言われるか、「できる限り一緒にいようよ」と言われるか。それって大きな違いだし、そんな「いなくていいよ」と誰かを排除して成立している健常の社会なんて、居心地が良いわけないのです。
そう考えると、病院や施設での生活を余儀なくされることの多い「寝たきり」状態の「ふなごさん」と「木村さん」のお二人が、そうした身でありながらで
「国会」に登壇する!
ということの重要性と意義がよく分かるのではないでしょうか。
今もう一度、日本の医療の原点にかえって、真の「社会的寛容」の精神を思い出し、「共生社会」の実現を考えてみませんか?
でも・・この僕の考え方、
今の世の中ではちょっと突飛かもしれませんね(^_^;)
皆さんはどう思われるでしょうか。
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